8月末のある日、高校時代の親友文子から、ゆうパックが届いた。なんだろう? この時期にと思い開けてみると、長い年月を経て薄汚くなった表紙の『プラタナス』と名物小牛田饅頭である。「わぁ懐かしい『プラタナス』だあ」と私は饅頭はそっちのけで『プラタナス』を手に取り、それからキュウと胸に抱きしめた。『プラタナス』とは母校佐沼高校の部活動のひとつである文学部が年に何回か発行しているささやかな文集である。八冊があった。なにせ六十年近くも前のもの、表紙は少し体裁を保っているようだが、ガリ版刷りの中身は黄ばんでいてページを捲ると今にもばらばらとほどけそうである。いかにも年季ものという感じである。
ちなみにプラタナスの木は校庭を取り囲むように生えており、葉は校章にもなっている。こんなことから文集は『プラタナス』と命名されたようである。
この文集『プラタナス』、ある時期まで私も保管していたのだが、いつのまにか見えなくなっていたのだ。父親が捨てたのだろうと、勝手に父のせいにしていたが、本当のことは分からない。正直、卒業後二十年ぐらいまでは、そう懐かしくも、大事にも思ってみなかったのだが、子供たちがそろそろ手を離れるようになった頃から折に触れて思い出すようになった。そしてそれから真剣にさがしはじめるが、見つけることができなかった。この文学部の二年先輩に、漫画家石ノ森章太郎氏(本名小野寺章太郎)がいたこともあって、彼の高校時代の文にあいたいなあとの思いがあったことも事実である。
話は少しそれるが、実家から車で十分とかからないところに、石ノ森章太郎のささやかな記念館がある。大規模な記念館は石巻にもっていかれたのだ。あの大震災に見舞われた石巻である。彼の実家は、私の故郷中田町で高校もこちらの高校なのに、なぜ石巻? とがっかりしたのだが、どうも彼の母親か妻のどちらかが石巻出身ということもあって、そちらのほうへ開館したらしい。
それはともかくとして、こちらのささやかな記念館は彼の実兄が館長をつとめている。帰省のとき時々たちよるが、あるとき館長に「章太郎氏と高校時代一年間文学部でご一緒だったのですが、文集『プラタナス』を展示してありますか? もしありましたら、見せていただきたいのですが」
と切り出すと館長ははっとしたように私を見て「そのようなものがあるのなら、私のほうこそ見せてほしいのです」と逆に言われた。ここにもないとはお手上げとすっかりあきらめていたのだった。その文集を文子がちゃんと保管していたのだ。さすが几帳面な文子と感激し喜びは隠しきれない。
はやる気持ちを抑えてしずかにゆっくり丁寧に、まるで腫物でもさわるように、『プラタナス』を捲り始めた。文子はもちろん、今は亡き懐かしい和加子の文、そしてかの石ノ森章太郎氏の文もみつけた。『赤い落ち葉』のタイトルの彼の小説、大物の片りんが至る所に見えて、うなってしまった。
そしてなんといっても一番会いたいのは私の作品にである。こころ躍らせてページを捲る。ある、ある、短歌、詩、小説、と結構なページを割いている。読んでいくうちに生意気だなあと苦笑させられたり、なかにはいいことを書いているなあと我ながら感心したり、また言葉使いの間違いを発見して、今になって恥ずかしい思いをさせられたり、おもいはこもごも、六十年の歳月を一気に飛び超えて、心はすっかり、高校時代に帰ったようであった。
読み進んでいくうちに私のこんな詩を見つけた。高校年の時とある。タイトルは『老人』。
老人が木を植えている
九十に近い老人が
目をしばたいては空を見上げ
皺くちゃの手を動かして
せっせと木を植えている
うららかな春の昼下り
残り少ない命にも夢見る力があるのか
老人は木を植えている
九十に近い老人が木を植えている
人はこの年にしてなお
時間を超越した夢が描けるのか
今読めば、気になるところだらけだが、その時にしては、精一杯の表現だったのだろう。ちなみにこの老人とは母方の祖父で、この詩は全く事実そのものである。この詩を読み返したら、あの時の祖父の姿がまざまざとよみがえった。仁徳家の祖父であった。
このようなことを美智子皇后も似たようなことを書いていたことを畏れ多くもふと思った。
それは美智子皇后が学生時代に書いた論文で読売新聞に入選したという。確か、
たとい明日が世の終わりであろうとも今日私は林檎の木を植える (ルター)
から展開した論文だったように思う。
この『プラタナス』、読み進んでいくうちに時間を忘れてしまい夕食の支度もままならなかった。それにしても文子はよくとっておいてくれたものだとあらためて思う。いつか会ったとき、あの文集見たいなあと私の言ったのをちゃんと覚えていてくれて、送ってくれたのだ。私は早速自分の文と表紙をコピーして、そのまま文子に送り返した。文子が小牛田饅頭をいっしょに送ってくれたから、私も川越の名物最中、「福蔵」を添えて。
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